これほどまでに不動産市場のグローバル化を気付かせるイベントはないだろう。米中貿易戦争の第1段階合意がなされると同時に、アジア太平洋地域(APAC)はCOVID-19発生による経済的な影響を経験した最初の地域となった。当初、SARS同様に一時的な影響で留まるとの期待も、次第にこの「一時的」の定義が“長期化”しているようだ。既にAPACのみならず世界経済に影を落とす状況となっており、結果オフィス市場のサイクルを早めている。特に空室が増加している市場では顕著であり、貸し手が借り手との長期関係を重視しテナント向けインセンティブを増加させざるをえない状況だ。
いくつかのAPAC市場では本イベントより前にはサイクルの転換点を既に迎えていた。上海・北京・広州では大量供給と貿易戦争によるマクロ弱含みに伴い賃料が下落傾向にあったところにCOVID-19がこれを増長。香港では、抗議デモによる社会不安に翻弄された不動産市場が再び打撃を受け、オフィス市場は賃料下落が加速。シンガポールでは、ビルオーナーは空室不足と今後の限定供給を背景に賃料水準をキープしてきたが、外需主導の同市場は外資系企業が移転・拡張のための予算を確保できず需要が減少しており賃料下落を見込む。金融危機からいち早く立ち直った経験を持つオーストラリアでは、抑制された供給と低空室率の状況では、経済の回復とともに賃料成長が比較的早く回復できるとの見通しが当初されていたがロックダウン至った今ではさらなる下方修正リスクを織り込みだした。東京でも移転計画の延期やキャンセルが既に見られており実質賃料の下落は免れない。移転テナントの待機二次空室が来年には具現化してくるためこれから追加的なプレッシャーがかかってくる可能性も高いが、2%を下回る歴史的な低空室率はアジア太平洋地域の中においては比較的影響を受けづらい環境下でもあるとも言える。
中国ではオフィスに人が戻ってきているが、こちらは一足先に新たなパラダイムを経験している。オフィスに電気が灯されると同時に、財政難のテナントは、リモートワーク導入の成功度合い、そもそものオフィススペースの存在価値の見直し、そして危機の際にビルオーナーがどの程度テナントを支援しているかを評価し始めた。既に直近の賃料は減少してきたが、多くのビルオーナーはテナントとの関係を維持することと、賃料収入の持続可能性のバランスをいかにして取るかの綱渡りが求められ、賃料と管理費の減額を受け入れている。これまでにWanda、China Resources Land、Longhu、Xincheng、Polyを含む多くの大手商業用不動産デベロッパーが、自社の不動産について一定の賃料減額措置を実施。不動産賃料には消費税、法人所得税、不動産税、その他の税金の支払いが含まれるが、これと同時に税金の減免を行うために、ビルオーナーはテナントとの間で年間賃料を減額する特約を締結。このテナントによるビルオーナーの姿勢は、金融危機の際に敷金返還が困難なビルオーナーが出たことによって、その後のビル選定要件にオーナーの信用力として挙がってきたことを想起させるが、同時に本イベントが広範囲の事業環境に与えた影響の深刻さを考えさせられる。
掲載:「不動産経済ファンドレビュー」